現在、何らかのアレルギー症状をもつ人は、国民の3人に1人程度いると言われています。まさに「国民病」です。もちろん、この中には、花粉症なども含まれていますので、食物アレルギーに悩まされている人の割合は、もう少し低くなります。
数年前の厚生労働省の調査によると、食物アレルギーの経験のある人の割合は1割弱でした。 |
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では、どうして食物アレルギーになってしまうのでしょうか?
また、アレルギーになってしまう人とならない人とがいるのは、なぜなのでしょうか?
原因となる食品には何が多いのでしょうか?
このコラムでは、数回に分けて、このような疑問にできるだけわかりやすくお答えすることにしたいと思います。 |
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第1回目の今回は、私の自己紹介からはじめたいと思います。
私は広島大学大学院助教授の田辺創一と申します。どうぞよろしくお願い致します。
私は、大学院(修士課程)を出た後、旭化成(株)に就職し、 静岡県富士市 にありますライフサイエンス総合研究所の配属になりました。
そこでは、特にアレルギーについての研究をしていたわけではないのですが、入社4年目に転機が訪れ、東京学芸大学教育学部に教官(助手)として赴任することになりました。
そこで、渡辺道子教授(当時)と小麦アレルギーについての仕事をすることになったのです。 |
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私たちは、世界に先駆けて小麦のグルテンに存在するアレルギー原因物質(アレルゲンと言います)の正体をつきとめ、 1995 〜 96年にかけて国際雑誌に発表し、また、穀物関係の国際学会からも招待を受け、講演して参りました。
その後、 98年頃にはアレルゲンの構造を壊した「低アレルゲン化小麦粉」の開発に成功し、現在、食品会社に製造をお願いして、細々とですが患者さんに喜んで食べて頂いています。
この製品は、病院の先生にもご注目頂いていて、とくに関西医科大学病院小児科の先生たちや、兵庫食物アレルギー懇話会の諸先生方とは、共同で大規模な臨床試験を実施している最中です。
このような仕事をしている中で、日東富士製粉(株)の高柳さんとの出会いがあったわけです。 |
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私ごとですが、 2000年秋に現所属の広島大学に転任し、あまり多くの時間をアレルギー研究に回せなくなりましたが、 2002 〜 03年にかけて、大事な仕事のお手伝いをする機会を頂きました。
現在では、食品のパッケージにアレルギー患者さんのための原材料表示がなされていますが、これは2003年春から本格的にはじまったことであり、それ以前は表示のないことによる事故が多かったのです。
私は小麦アレルギーの研究をしていたことから、原材料表示に関する厚生労働省関係の検討班に入れて頂き、ほんのわずかですが一緒に仕事をさせて頂きました。
この表示制度は、まだまだ完全ではないものの、制度の無かった頃と比べると、随分改善されてきたと思います。 |
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次回から、いよいよ食物アレルギーについて、少しずつ解説したいと思います。
ここで、自己紹介を締めくくるにあたって、お話したいことがあります。
私は、食品学者の卵として食物アレルギー研究に従事しました。この研究を行うにあたっては、単に食品のみを扱っていればいいのではなく、実に多くの患者(患児)さんの血液サンプルを使わせて頂きました。もちろん、採血にあたっては同意を頂くわけですが、特に幼いお子さんにとって、採血されることの負担ははかり知れないくらい大きなものがあります。お医者さんや看護の方に押さえつけられて、怖さから大きな声で泣きながら、必死に耐えているという採血の現場に立ち会うことがありました。
私の研究の原動力は、血液を提供してくれた彼ら彼女らに微力ながら恩返しをしたい、という思いによるのです。アレルゲンの性質を明らかにするとともに、何とかアレルギー患者さんに不自由のない食生活を送って頂きたい、さらに、(お医者さんの仕事の領域ですが)アレルギーを克服するお手伝いをさせて頂きたい。そういう思いで研究を行ってきました。
本コラムへの寄稿も、まさに恩返しになるのなら、という思いで引き受けさせて頂きました。
少しでもご参考になれば幸いです。( 2004年 4月記) |